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 日本人は昔から巡礼に対して大きな関心を持ち続けてきた民族である。それは人々の日常生活に宗教(信仰)が大きく関わっていたことが最も大きな要因である。その宗教とは多神教であり、八百万の神が存在していたので諸外国に比べ聖地巡礼も多彩で変化に富んでいる。自然崇拝(山、海、川、岩、樹木、動物等)、祖先崇拝、神道、道教、儒教、仏教、修験道等が渾然と存在している。そこで人々の巡礼も多岐にわたり全国に広がりを見せたのであろう。例えば御嶽詣、熊野詣、伊勢参り、四国遍路、富士山上詣、観音巡礼、不動巡礼、地蔵巡礼、七福神巡り等と挙げれば限がない。
 今から100年ほど前までの日本人は年間を通じ、四季折々に自然、神、仏に様々な祈願をし、のちに感謝の行事(祭事)を行い、日常生活の中で宗教との関りを強く持ってきた。一年の初めには門松をたて、家内安全を祈願。農業では農産物の豊穣を祈り、収穫した時は感謝のために収穫祭を実施。漁業では大漁と安全を祈願。商業では商売繁盛を祈願。結婚して妊娠をすれば、安産祈願。例を挙げれば限がないほどの神仏へ祈願をしてきた。それぞれの祈願成就の為に、日常から離れ巡礼地への祈りの旅へ出かけてきたのである。

 しかし、ある時を契機にして日本人に大きな変化が起きたような気がする。それは明治時代に入り「文明開化」というお題目により一挙に洋風化の道を歩み出したこと、欧米列強に対抗する為に戦争を引き起こしたこと、その後、第二次世界大戦に敗戦すると一挙にアメリカナイズされた生活に慣れ染んできたこと等である。そして極めつけはテレビの出現であり「テレビ参道」が全国民に功罪合わせ影響し、生活様式も大きく変化したことである。一方、うなぎ上りに経済が成長する中、唯一信仰とでもいうべき「経済信仰」なるものが横行し、本来の信仰心も薄れ感謝の気持ちもあまり持たなくなってしまったようである。しかし日本経済にも陰りが見えはじめ、バブルが崩壊すると社会の多くの分野でひずみが生じ、病んだ社会となってきている。そして、人々はかなり精神的なストレスを抱えはじめ、何かにすがりたいという欲求が生まれている。そこで現代の人々がストレスを解消するためのひとつとして、日常から離れ、再び「癒し」を求めて巡礼に出かけだしている。だが真摯な祈りを忘れた日本人の「巡礼地への旅」とは今後どんな姿となっていくのか、しっかり見守っていきたいと考えている・・・・・・。

by 濱口 恒十郎   
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